チャレンジ

 50歳にして最大級のチャレンジ、自分の体力の涯てを見極めるべく。  

 

 

 先週の土曜日、窓展が終了し一息ついた。その窓展の週の日曜日から搬入日である木曜日も含めて、合計5日間、稀な体験をした。  

 

 引越し屋にも断られたお客さんの荷物の運搬を請け負った。働き方改革などいろんな理由で引越し屋は断ったが、そのお客さんが障害者であることと受け入れ先が不確定であること、さらに日程が限られていることなどが主な「お断り」の要因だったかと思う。  

 

 

 しかし、完全に甘く見ていた。本の量は分かっていたつもりだったが、ハイエース満載5往復分あった。つまり千本くらい。その量の本をそもそも隙間のない何万冊もの蔵書がある家に無理やり押し込んでゆく。  

 

 

 家具も想像を超えていた。蔵書家とゴミ屋敷の主人は紙一重であると思った。狂気と向き合うことがこんなにしんどいとは。カセットコンロが次々湧いてくる恐怖。無用の卓袱台が湧いてくる恐怖。ハイエース満載10往復。独り暮らしの60オーバーの男性なのに五人家族並みの食器があり、料理をしない障害者なのに尋常じゃない量の調理道具があり、ゴキブリホイホイひとつ棄てない。  

 

 

 5日間、朝7時から夜9時まで、昼飯も食わず積み運び下ろし続けた。完全に一人でやりきった達成感よりも、最後は「狂気」から逃れたいと苦しくなった。  

 

 

 ただ、自分の体力はすごいと改めて思った。窓展搬出が終わった夜は「疲れたなー」と多少の感慨はあったが、翌朝も早朝5時から普通に働けた。  

 

 

 腰をやられた。

at 12:09, 古書赤いドリル, -

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今年の夏 其の二

 去年、下関国際高校の坂原監督の記事を読みファンになった。「文武両道が嫌い」と語る坂原監督に共感し、この人を応援しようと思った。甲子園にはいろんな学校が集まってくる。ときにやってくる進学校に、マスコミは飛びつく。参考書持参だの、練習時間は2時間だの、東大受験予定だの。その学校や球児に罪はないけれど、やっぱり狂ったように練習してきた子たちを応援したいと思ってしまう。下関国際の坂原監督は時流に反し「猛練習」を謳う、ぼく好みの甲子園のニューフェイスだった。文武両道嫌い発言でバッシングされたりもしたようだがその手腕は今夏の3季連続甲子園出場によって完全に認められたと言って良いだろう。初戦の花巻東戦は9回に追いついて延長戦で勝利。2回戦は創志学園に逆転勝利。この試合は見事だった。ほとんどの打者が3-2に持ち込むくらいの集中力で好投手西の疲労を誘う。エース鶴田も初戦よりも球速は出なかったが粘り強く投げて大量点を許さず、9回、西投手の自滅を呼び込んだ。この試合、西のガッツポーズ禁止がネット上で大いに話題になった。試合を観ていた人は皆云っているが、ちょっと異常なほどガッツポーズしていたのでぼくも違和感を覚えていた。なにせ初回の最初のバッターを三振した時から「ノーヒットノーラン達成か!?」と勘違いしてしまうほどのアクションで、「下関国際のバッターに対して何か因縁でもあるのかな?」と勘繰ってしまうほど。自分を鼓舞するためのパフォーマンスだとは思う、高見盛のようなものだろうけど、まあ、あれは審判に注意されるだろうね、と思った。ガッツポーズ禁止とかの報道が出ているが、最近は緩くなったと思う。

 

 

 

 その下関国際、創志学園に勝ったのもすごかったが、驚くべきは木更津総合戦だ。万が一大阪桐蔭がコケたら優勝してもおかしくないと思っていた木更津総合をがっぷり四つで寄り切ったのだ。その強さを支えるのは守備力である。今大会、全体的に守備力の高いチームが多い。あくまで印象に過ぎないが、エラーが少ないと思う。送球エラーも例年に比較してそんなに目立たない。下関国際はベスト8に残ったチームのなかでも最も堅実な二遊間だった。小園や根尾がドラフト候補として連日話題になっているが、ぼくのなかでは下関国際の濱松がナンバーワンセカンドである。下関国際の「菊池」だ。ちなみにショートは常葉大菊川の奈良間がいちばんだと思った。で、最強の二遊間に支えられ、下関国際は日大三高を崖っぷちまで追い詰めたが、最後うっちゃられた。都大会をヨレヨレと勝ち上がった三高だが、実はその投手陣たるや広島カープのブルペンよりも充実している。大阪桐蔭に匹敵する潜在的タレント軍団というべきか。そんな三高と互角に戦った下関国際の敗戦にぼくも落涙。どっちが勝ってもいいのだけど、淡々と投げていた鶴田が負けて、だんだんと涙が溢れていく様にはもらい泣きを禁じ得なかった。攻撃野球がトレンドのいまの高校野球に於いて、非力な選手は、揺さぶり・バント・ファウルで粘る・短く持って右打ちを徹底、本当に惚れ惚れするチームだった。付け加えるならば、非力ではあったかもしれないが、勝負強い打線でもあった。ヒットが出てない選手でも、ここぞの場面では打つ。強豪に競り勝てた要因だろう。来季以降、益々楽しみな坂原監督率いる下関国際である。    

 

 

 

 チームカラーが好対照なのが常葉大菊川である。チームカラーは森下監督時代とあまり変わらない。森下監督の頃よりも際立っているのは「ノーサイン」の徹底ぶりか。森下監督時代、印象に残っているのは大阪桐蔭に17対0で負けた試合だ。畳みかけているときはそのフルスイングは頼もしいが劣勢になると「無策」に映ってしまう。今夏、近江戦がまさしくそれで、強力打線は近江の林に完璧に封じ込まれる。最終回、近江の投手が変わると打線は覚醒し長打を連発、甲子園の空気を変えた。何より楽しそうに野球をやっているし、監督の方針は勝つことよりも「楽しむ」ことにあるようだ。従って、目の前の投手を打ち崩すためにファウルで粘ったり、コツコツバントしたり、短く持って右打ちしたりというような楽しくなさそうなことはしない。劣勢になるとどうしても「あっさり」しているように見えてしまうが、それが高橋監督の「高校野球」なのだろう。常葉大菊川が甲子園で強烈なインパクトを残した2007年頃はぼくが最もアマチュア野球を観ていた頃に重なる。多くのタレントを輩出したが今も活躍しているのはDNAの田中くらいだろうか。亜大にも出身選手が入部したがすぐに名簿から名前が消えていた。あの、伝説のセカンド町田も早大を数ヶ月でやめた。先日、NHK静岡が町田の現在を取材していた。障害者支援施設で働いていた。あれだけの素質がプロで開花しなかったのは残念だが、それも一つの野球人生だと思う。常葉大菊川の「野球」はあまりにも楽しくて、大学野球や社会人野球に馴染めないのではないかと勝手に想像している。今、亜大には常葉大菊川で活躍した栗原と赤井が在籍しているが、レギュラー獲得に至ってない。今秋以降に期待している。特に栗原は高校時代から注目されていた外野手、亜大で埋もれないでほしいと思う。ここ数年、東浜、九里、山崎、薮田、飯田、大下、大山、高橋などなど亜大出身投手はまずまず活躍しているが、野手は松田以降、さっぱり。ギリで高田。有力な野手も亜大でなぜか埋もれてゆく。大阪桐蔭の水本も正隋も1年時には活躍していたが、学年を重ねるごとに輝きを失った。今夏、レジェンド始球式に最年少で登場した本間もその一人。亜大では応援席で誰よりも目立っていたが、四年時、超バットを短く持つスタイルに変身し、中大澤村からホームランも打った。JR北海道では後年四番も務めて、都市対抗ではその個性的なスタイルを見ることができた。ずっと応援していたが、去年、引退。どうしているのだろうと思っていたら、始球式で変わらない「個性」を見ることができた。華やかな実績は残せなかったが、グラウンドでも応援席でも始球式でもその場を盛り上げることができる、記憶に刻まれる選手だった。

at 07:41, 古書赤いドリル, -

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今年の夏 其の一

 その日は五反田の並べで、携帯で経過を追っていた。並べじゃなかったら自宅で動画観戦できたのに、字面だけのチェックはもどかしい。なかなか更新されない。更新、3-0で高知商先制。更新、6-0で高知商、マジか…。ペタペタ値札貼りながら、どんどん重苦しい気持ちになり…、結果、10-2で明徳義塾敗戦。高知県選手権大会決勝戦で負けたのは実に2009年以来。現日ハムの公文が高知のエース、明徳は拓大ホンダ現楽天の石橋良太。正直なところ、準決勝で宿敵高知高校が高知商業に破れたため、これで決勝は少し楽になったかな、なんてタカをくくっていた。まさかの市川10失点。世間じゃ100回大会と高校野球が盛り上がっているなか、甲子園に馬淵さんが帰ってこない現実を受け止めるのは辛かった。落胆して帰宅。ネットニュースには「明徳敗退」馬淵監督関連記事が続々アップされた。高知商業は創部100年目でなんとしても100回大会に出るべく、打倒明徳打倒市川で今夏特別に燃えていたことも知った。この日、殆ど話題にならなかったが、楽天が石橋の支配下登録を発表した。不思議な巡り合わせである。石橋がなんとかプロ野球の世界に踏みとどまれた日、明徳は石橋で負けた夏以来、甲子園を逃した。  

 

 

 馬淵さんが9年ぶりに負けた日から、馬淵さん関連の記事がネットに上がらない日はなかった。馬淵さんに関するニュースを求めて毎日チェックし続けていた。馬淵さんのもとでコーチをしていた狭間監督率いる明石商業が甲子園に出場することになったり、馬淵さんの教え子であり、馬淵さんの親友上甲監督のもとでコーチをしていた中矢監督率いる済美が2年連続出場を決めたり、松井秀喜の始球式の後に星稜戦が組まれて散々「5連続敬遠」が取り上げられたり、まるで馬淵さんの不在を惜しむかのように、その名前をネットで見つけるのは容易かった。ぼくのような馬淵信者の記者のおかげか。しかし、開幕戦が星稜と明徳だったら世間はどれだけ盛り上がったことか。明徳のことだから、出場していたらそのくじを引き当てていたかもしれない、想像しただけで恐ろしい。「5連続敬遠」はなぜこんなにも話題になり続けるのか、松井秀喜の人柄、その後の松井秀喜の輝かしい実績、そして永遠に「答え」は出ないであろう全打席敬遠の是非。101回目も102回目も、甲子園の夏が巡るたび、それは問われ語り継がれるのだろう。  

 

 

 基本的に高校野球中継は監督インタビューのあるNHKで観る。しかし、馬淵さんが解説をつとめた試合のみ、BS朝日で観た。高岡商佐賀商戦など。残念ながら初戦敗退したが、狭間監督の明石商業は甲子園の常連になるかもしれない。兵庫県という公立も私立も強い激戦区で勝ち抜くのは相当難しいだろうが期待している。馬淵さんの因縁は続く。星稜の2回戦の相手は済美。松井五敬遠の試合に選手として参加していたふたりが監督として対決することになった。エース級投手を複数抱え、石川県大会決勝ホームランを7本打った中軸など、タレント軍団星稜と、愛媛県大会から一人の投手しか器用してない済美。対照的な2チームの対決は壮絶な打撃戦となった。8回まではワンサイドゲーム、8回裏に済美がひっくり返し、決着はタイブレーク。タイブレーク是非論あるけれど、ぼくは大賛成。タイブレークは戦術が重要になるし、延長戦では不利と言われる表側のチームにもチャンスが生まれるし、何より面白いし、大好きである。導入が遅すぎたくらいだ。星稜に2点を奪われた済美はその裏逆転サヨナラ満塁ホームランで勝ち上がる。続く3回戦では、なんと明徳を破った高知商業と。高知商業は山梨学院慶応という強豪に打ち勝った。明徳市川を打ち崩した打線は本物で、慶応の生井を圧倒したのには驚いた。慶応の守備もひどかったとはいえ、東海大相模打線を抑えた生井をノックアウトである。おそらく、明徳だったら慶応にあんな勝ち方はできないと思う。高知商の打力は今大会出場校中でも屈指だったように思う。ところが、済美の山口はそんな高知商業を完璧に封じこんでしまった。この試合、もう一つ着目すべき点があった。高知商業の北代、済美の山口、二人ともこの夏、地方大会からずっと一人で投げ抜いてきた投手であること。球数問題が取り沙汰されるなか、オールドスクールなスタイルのぶつかり合いにも興味があった。ふたりともにナイスピッチングだった。ぼくは球数制限反対派である。複数の好投手がいるチームしか勝ち上がれなくなってしまう制度が導入されることはないと信じている。今夏でいえば、プロ並みの投手陣を誇る浦和学院や日大三高、大阪桐蔭、近江はいいけれど、ひとりのエースで勝ち抜いてきたチームは突然「投手交代」を余儀なくされ、当然それは試合結果を左右する。それに向けて「ブルペンを整備せよ」という意見もあろうが、そうなったら益々「スカウティング」は加熱するだろう。投手の球数制限は投手の肩や肘は守るかもしれないが、日本中の多くのチームの出場の夢を断つことになる。あるとすれば、大会日程をより緩やかにして、「連投」をなるべく回避させる手だろう。  

 

 

 今年の夏、100回の記念大会の盛り上がりに加熱する「酷暑」ニュースがリンクし、なぜかやたらと「甲子園」のあり方をめぐる議論が活発化した。いろんな「外野」の提言がメディアを踊り、そのいくつかはネットで目にした。橋下みたいな高校野球に興味なさそうなやつや、駅伝チームの監督といったウルトラ「外野」の意見には腹が立ったりもした。甲子園球場は暑いから京セラドームでやれとか…。100年前から京セラドームでやってたらともかく、今更京セラドームのために命を捧げられるはずがない。高校野球は教育の一環とか、選手の命が大事とか、ごもっともなお題目や正論らしき暴論を吹っ飛ばすくらい、これは狂気の祭典である。暑さ対策は必要だが、甲子園開催を諦めるという選択肢はないだろう。箱根駅伝の5区、毎年のようにブレーキになる選手が生まれる。意識朦朧になりながら走る選手を我々はテレビ越しに応援する。並走する監督もギリギリまで手は差し伸べない。毎年21人走るうちのひとりやふたりが脱水症状になる過酷なレースに対して「箱根は危険だからやめようぜ」と言い出す人はいない。山は危険だから函嶺洞門ゴールにしよう、とか。危険があったとしてもやめられないことはある。餅とか。毎年何人も死者を出しながら見て見ぬふりをされている餅。甲子園は、夏の高校野球は「餅」だ。死者は出してないのだから、餅より危険の少ない「餅」である。さらに、橋下は「丸刈りは旧日本軍みたいだからやめろ」という。橋下は朝日憎しで何もかもが気に入らないのだろう。丸刈りとか髪型なんぞは各校で決めればいいことだ。モヒカンの方が威嚇的で良いというならば全員モヒカンにすれば良い。ぼくに云わせれば丸刈より君が代やめるべきだと思うけど。丸刈りに罪はない。亜大は大学生なのに、ここぞの決戦のときなど丸刈りにしている選手が多かった。それでも負けるときは負けるし。今回出場した慶応は昔から髪型自由だしムードもいいし何よりタレント揃いの強豪だがなぜか神奈川をなかなか勝ち上がれないし、10年ぶりの甲子園出場の今夏も高知商に惨敗した。髪型のせいではもちろんないが、いつもなんとなくチームとしての迫力がない。この真夏の、巨大な、狂ったトーナメント大会を勝ち抜くには何かしらの「狂気」が必要という気もする。

at 09:51, 古書赤いドリル, -

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1955年

 カープが負ければ、少しは凹む。やり場のない怒りや苛立ちにに戸惑いもする。40年ファンを続けていても、それに馴れることはない。ここ数年のカープがちょっと強いだけに、たった一つの負けが尾をひくときすらある。そんなカープの敗北に比べれば、サッカー日本代表が勝とうが負けようが何の影響もないと思っていた。岡ちゃんが好きだったから岡ちゃんの時こそ応援したけれど、基本的なスタンスは「どうでもいい」。4年前のW杯のときはその負けっぷりに爽快な感じすらしたし、中田英が寝っころがっているときなど寒気すらした。そんな非国民なぼくの心を西野監督は動かした。ポーランド戦の後半のいわゆる「ボール回し」作戦だ。素晴らしい、ぼくは一気に色めき立ち、セネガルとコロンビアの試合にチャンネルを変えた。敗退は決まっているけれど「勝ち点3」の手土産が欲しいポーランドと、失点のリスクとファウルのリスクを減らし、是が非でもグループリーグを突破したい日本の利害が一致、10分間のブーイングと目の前の試合の敗北よりも決勝トーナメント進出を確実にしたいというものすごく理にかなった戦法、あとはコロンビアが1点を守りきることだけ。セネガルが1点取ってしまったら破綻する作戦ではあるが、コロンビアも必死に守備することは明白。結果、西野監督は決勝トーナメント進出という「任務」を全うした。この賞賛すべき作戦を批判する人がいることに驚いた。もっともリスクの少ない戦法を選んだだけなのに。ぼくは、ぼくがもっともリスペクトしている野球人を思い出していた。明徳の馬淵監督である。馬淵監督は当時37歳くらいだろうか、エース不在の自チームが星稜に勝つための最大の戦法「松井五敬遠」を選択。これは常にクリーンナップとランナーを置いて勝負するというリスクのある作戦だったが、松井にホームランを打たれるよりはリスクが少ないと判断した馬淵監督の「賭け」だったと思う。いわゆる、「クサいところをつきながら」では投手の神経がすり減るし、次打者にプレッシャーをかける意味でも敢えて「敬遠」した。結果、明徳は薄氷の勝利を得たが、世間から大バッシングを食らった。その後、なかなか甲子園に戻れなかったことを考えると、松井にホームランを打たれていた方が「楽チン」だった気もする。しかし、何も「反則」はしてないのに、あのような大バッシングが起きたことは、どう考えても異様。松井が5回四球で出塁しただけのことなのに。西野監督は馬淵さんほど太々しくないから、「不本意」などとお茶を濁したけれど、最上の策を選んだに過ぎない。見た目はふてぶてしくないけど、豪胆な人だと感嘆し、次のベルギー戦は素直に応援し、素直に感涙した、非国民のくせに。サッカーに興味ないけれど、全く飽きることのない至福の時間を過ごすことができた。西野監督と馬淵監督はともに1955年生まれ。世間の目を懼れることなく信念の采配ができる両監督は同世代である。今年の、100回目の夏にこそ、馬淵さんに主役になってもらいたいと思う。  

 

 

 そして、今朝。ふたりと同じ年に生まれたひとりの男が死んだ。麻原彰晃、死刑執行。

at 10:24, 古書赤いドリル, -

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日大闘争

 アメフトとラグビーは特に興味がない。サッカーも興味ないが、W杯くらいは見る。冬季オリンピックを楽しんだりはするが、スポーツとして心底興味があるのは結局野球とボウリングだけだ。これから先も、アメフトは間違いなく見ないと思うけど、 昨日の日大選手の会見は真剣に見守った。  

 

 

 先週、友人と呑んだとき、「これは平成の【日大闘争】だよ。内田監督は古田会頭だね」なんて冗談を言っていたが、昨日の会見を聴いてたら、どちらかというと連赤だと思った。  

 

 

 それにしても、あまりにも嘘をつく人の会見ばかり見せられているせいか、昨日の日大選手の会見には日本中が感動したのではないか。ワイドショーのコメンテーター、ヤフコメなどなど世間の反応を見てると誰もが感動している。ここ数年、保身のために嘘を重ねる官僚や政治家の言葉に馴らされていた私たちは、彼の率直な言葉に、責任を負う態度に、新鮮な感動を覚えてしまったのだ。  

 

 で、大学サイドは、「忖度」で逃げようとしている。また、それか。監督やコーチの言葉を「忖度」して、反則行為に及んだと言わんばかりの日大回答。ね、明確な指示はなかったでしょ?という日大広報のコメントには選手の勝手な「忖度」で逃げようという思惑が見え隠れ。安倍作戦だ。  

 

 

 誰が見ても一目瞭然、「監督の指示」も「安倍がお友達のためにひとはだ脱いだこと」も誰の目にも明らか。なのに、それを認めずなんやかや言い訳を重ねてその場をのらりくらりやりすごす。そんなものをずっと見せられていると感覚が麻痺してくる。益々この国が嫌いになる。  

 

 

 選手の追い込まれ方が、連赤の総括と似ている。消耗している兵士に向かって指導者は云う。一兵卒からやり直せるのか、権力と対峙できるのか、敵を殲滅できるのか。反則行為をした選手に対して指導者は「成長のためだ」と諭す。連赤でいうところの「革命戦士として生まれ変わる」。  

 

 

 村の駐在を「殲滅」しろと命じられた赤軍派の兵士達が、駐在が「敵」とは思えないので「殲滅」を諦める、というエピソードが、確か、あった。日大選手は命じられるままに「殲滅」したが、「敵」は関学の選手ではなかったことに気づく。「敵」を見誤ってはいけない、そして、一兵士の悲劇には必ず無能な指導者の存在がある。  

 

 

 いまさっき、監督とコーチの会見が終わった。「忖度」して「殲滅」したのかと思ったが、監督によると、選手は「忖度」できず反則行為をしたことになった。どれだけ証拠が上がっても、とりあえずその場を言い繕えればOKという指導者の態度は見馴れた官僚や現閣僚と同じ。監督とコーチの会見のエンドロールには『仁義なき戦い 代理戦争』のラストのナレーションが流れていた。…真っ先に失われるのは若い命であり、その死が報われることはない。

at 22:28, 古書赤いドリル, -

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フィ

 フィとは歌舞伎町で出会った。15年前の4月。歌舞伎町の雑居ビルの1階のペットショップ。その頃、ブラックタンのチワワを探して都内のあちこちのペットショップを回っていた。ついにその夜、「この子だ !」と思える名もない黒い子犬をぼくらは見つける。生後2ヶ月。すぐその場で衝動買いしたのか、翌日もう一度行ったのか、そこは記憶が曖昧。35万円。買って、段ボールに入った黒い子ネズミを自宅に持ち帰るときの興奮。歌舞伎町のまちを、ゴソゴソ音のする段ボールを抱えて駐車場へ。そのワクワクした気持ちが今少し甦った。フィフィと名づけた。ネズミのようなシルエットにちなみ。最初はよく哭く子だった。子どもだから当たり前か。一週間くらい我慢してたけど、それからはフィも一緒にベッドで寝るようになる。最初はあまりの小ささに緊張していた我々だったが、すぐに馴れた。それから、何処へ行くのも3人で。明徳の試合を観に高知の県営春の球場に行ったときも、確か三沢の寺山記念館にも、とにかくあちこちに。2007年に長男、2012年に次男が生まれ、それとともにフィも少しずつ歳をとり、15歳になる。1〜2年くらい前から「歳とったなあ」と思うことが多くなった。とにかく健康な犬だったので、急速に歳をとり始めた感じがした。そして、4月の上旬から体調を崩し、4月26日に死んだ。最後の3日間は幻覚を見ているのか、苦しいのか、辛そうだった。2週間全くごはんを食べてなくてぽっちゃりの面影なく、ガリガリになったからだをなでるしか術がなく。最期の時、小さく吠えて、目をカッと見開き、それまでの茫漠とした薄目から、一瞬だけ正気に充ちた目になり、息を引き取った。遺体のフィは元気な頃の顔に見えた。時間が経つと目は小さくなった。15年間、ずっと一緒に寝ていた。子どもが生まれてからは、フィは同じベッドで寝なくなったけど、すぐそばで寝るようになった。晩年はぼくの頭の上で寝ていた。ただ、いつ頃からか、膝の上で寝ることはなくなっていた。パソコンに向かっているときは得てして膝の上に乗りたがっていたのに。今となっては、あの重みが懐かしい。左腕に乗せたフィの顎の質量が愛おしい。

at 07:00, 古書赤いドリル, -

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ファクスの沈黙

今週は、愛好会と紙魚と遊古会の目録三つ発信中なのに、ファクスは沈黙したまま。

 

今週来週で150本分貼らないといけない。

 

不測の事態が連続するなか、来週17日までをなんとか乗り切りたい。

 

17日は次男坊の卒園式でもある。

 

未だ赤ちゃんのように可愛い次男も、

いよいよ小学生。

 

気づけば二人とも小学生で、ぼくの母校に通い、ぼくはついに50歳。

 

寒さの底が見え、ペナントも近づき、もうすぐ短パンの季節だと思うと、

少し心踊る。

 

50だが、短パンが待ち遠しい。

 

 

 

 

 

at 06:02, 古書赤いドリル, -

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近々の当店即売会について

3月、当店参加展覧会は以下の三つです。

 

2018年3月10日11日は古書愛好会@高円寺西部会館。

 

2018年3月16日17日は五反田遊古会@五反田南部会館。

 

同じく、2018年3月16日17日は紙魚之会@神田本部会館。

 

3月16日と17日は全く同じスケジュールなので、 私はほぼ神田におります。

 

3月は以上の3つです。

ほぼ新ネタ投入です。

 

 

4月は以下のスケジュールです。

 

2018年4月6日7日は窓展@神田本部会館。

 

2018年4月20日21日は本の散歩展@五反田南部会館。

 

2018年4月28日29日は好書会@高円寺西部会館。

 

2018年5月4日5日は城北展@神田本部会館。

 

…以上です。

 

宜しくお願い申し上げます。

at 11:51, 古書赤いドリル, -

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交流戦も残り5試合

 カープの交流戦での優勝を密かに期待しているのだが。残り5試合を全勝すれば優勝は間違いない。それはつまりソフトバンクをスイープすることを意味する。オリックスも。残り5試合はマツダなので淡い期待をしている。巨人が13連敗。由伸監督があまりに淡々としているので色々言われていたが、由伸は昔からずっとあんな感じだ。鳥谷と同じ、表情は淡々としていてもプレースタイルはアグレッシブ。由伸の外野守備は迫力あった。打撃は天才的。野球でこれだけ辛い思いをしたのは初めてなんじゃなかろうか、と同情した。巨人の弱体化の原因はここ数年のドラフト戦略の失敗だろう。昔のスター1本釣りの頃はまだ良かった。ここ数年は独自路線が裏目に出ている。ここ数年でのめぼしい成功は広島新庄の田口くらいだろう。2014年の1位の岡本、2015年1位の桜井、2016年1位の吉川、誰もほぼ活躍していない。吉川は外れ外れ1位だし、さらには1年目だから大目に見たいところだが、吉川と代表で一緒だった京田はドラゴンズで大活躍している。京田は日大時代に数回見たけど、バッティングでもっと苦労すると思っていた。最大の魅力は守備位置につく時の全力疾走。亜大の選手がチンタラしているように映るくらい。そのスピードスターぶりがドラゴンズにはまった。東都出身の野手がパッとしない中で、京田の活躍は嬉しい。当時、立命の桜井を単独指名したことにも驚いたが、重信を2位指名したことにはさらに驚いた。重信は1軍にこそいるが打率は1割台。長野の不調でチャンスを貰いつつ、なかなかものにできてない。重信の同級生の茂木は楽天3位である。今、12球団で最も怖いバッターのひとりが茂木だ。同じ早稲田で何故茂木に行かなかったか。坂本と二遊間組める可能性もあった。セカンドは巨人最大のウィークポイント。しかも、茂木は由伸の後輩。2015年ドラフト5位で慶應の山本を獲得しているが、レギュラーには遠い。2011年の1位の松本は既に退団。菅野のようなコネ入団はさておき、かろうじて活躍しているのは高木京介、でも賭博。一岡は活躍しているが他球団で。最近では小林捕手と戸根くらい。小林も微妙である。社会人出身のドラ1であればもう少し・・・、DNAの戸柱ほども活躍してない気がする。惨憺たるここ数年間のドラフト戦略の失敗、育成以前の問題のような気がする。プロ野球チームの強さは編成の能力によるところが大きい。カープも自由獲得枠かつ独自のドラフト戦略でかなり辛酸をなめた。最近のカープは臆せず目玉に挑んでいるのが嬉しい。日ハムやソフトバンクは、スターを確保しつつ(もちろんクジ運もある)、生え抜き選手をバンバン育てている。それが理想だ。なので、清宮だってアリだと思う。おそらく清宮には行かないと思うけど、その年の「一番」を獲りに行くのは悪いことではない。ただ、オリックスの山岡は勿体なかったなーと思う。地元だけに。

at 13:58, 古書赤いドリル, -

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「The Hand That Holds The Truth」と狼のこと

 五反田遊古会が終わって帰宅、カープの九里は8回無失点の好投。今年、亜大からカープに入団した二人の投手、九里と薮田が活躍しているのが嬉しい。二人とも真面目で懸命なところが似ていて、かつ、いかにも亜大っぽい選手なので尚応援したくなる。この二人、高校も同じ、岡山理大府だ。岡山理大府→亜大ルートは強力で、この数年間で同ルートのNPB選手はソフトバンクの高田も含めて3人。この10年間で岡山理大府が甲子園に出場したのは2007年の1回のみなのに。そして来年間違いなくドラフト候補になるであろう亜大3年の頓宮裕真もまた岡山理大府出身のキャッチャーである。この春は満票で東都ベストナイン。来年のドラフト上位候補は間違いないだろう。全国屈指の激戦区岡山県ではなかなか勝ち抜けない岡山理大府だが、プロ野球選手を続々誕生させている…、ぼくの知っている加計学園の情報はこれが全て。安倍晋三のお友だちの学校であることを知ったのは今年になってからだ。森友で1発レッドカードと思いきやファウルすら取られず、プレイ続行。で、燻ってた加計学園問題が再びスポットライトを浴びる。今更証拠なんて出てくるはずもないと思った。内部告発、誰かの裏切り以外突破口はないと思っていたら、出た、裏切り者が。前事務次官。ところが、安倍政権はついこの間まで事務次官だった人間の証言すらなかったことにしようとしている。出会い系バーに通う悪い官僚の云うことは信用できないとまるで相手にしない。そこで「いじめ」があったことは誰もが知ってるけど見て見ぬふりをする、構造的にはそれと全く変わらない。お友達の為に様々な障壁を取り除きルールを改正、お膳立て、融通してあげたことが、依怙贔屓がなぜいけないのか、安倍の顔はそう言いたげだ。ここは俺の国だ、俺がルールブックなんだ、と。ロッキードの時代だったら、国民は憤怒に突き動かされただろう。今は、加計学園が獣医学部を作ろうがどうしようか誰も気にしない。安倍がやっていることは本質的に朴槿恵元大統領が弾劾された理由とそんなには変わらないが、この国は韓国よりもはるかに民度が低いため、安倍のモラルのなさを気にしない。菅官房長官が「いじめっ子」仲間の嘘をフォローしているのに、それが明らかな嘘の上塗りだとみんなわかっているのに呆けて見ているだけ。いつからこの国はこんなにもモラルを失ってしまったのか。ヘイトスピーチが町に垂れ流され始めた頃から、何かが取っ払われた。国会議員もめちゃくちゃなことを平気で口にするようになった。一昔前なら「クビ」になったであろう失言もあまりに頻繁な為か、ちょっとした失言では「命取り」にならない。例えば森友でも加計でも、書類がない記録がない記憶がないと、精緻な嘘をつく努力すらせず、幼児の言い訳のような言い訳が国会を罷り通り、世間を罷り通り、我々もそれを結果的に許してしまっている。安倍の強さの秘密が最近やっとわかってきた。それは圧倒的なモラルのなさだ。安倍のなりふり構わない、平気でその場限りの嘘をつける「モラルのなさ」と云う武器の前で、小さなモラルにしがみついている一群はいかにも無力である。  

 

 

 その日、ネットニュースに二つの訃報が伝えられた。ちょうど同じ頃だ。自民党に復党したばかりの与謝野馨と、東アジア反日武装戦線の大道寺将司である。浴田由紀子さんが釈放したばかりである。体調不良は何年も前から伝えられていた。それでもここ数年は辺見庸さんの跋文とセットで何冊もの句集を出しており、その存在感は際立っていたし、相変わらず連赤に比べて「東アジア〜」は人気があったし、その訃報には少なからずのショックを受けた。  

 

 

 与謝野馨と大道寺将司に何かの接点がないかちょっと調べてみたがわからなかった。晩年に声を失った保守系の政治家と、日本帝国主義と戦い続けた死刑囚と。  

 

 

 大道寺あや子は何処かで生きているのだろう。生きていて欲しいと思う。異国の空の下で、将司の死を彼女は聞いた。そう思いたい。1975年の5月19日に逮捕されてから42年、1977年に超法規的措置によってあや子が出国してから40年、二人は会ってない(はずだ)。

 

 

 テロ等準備罪が参院で成立されるのを目前に控え、大坂容疑者と思しき中核派の一人が拘留されたままである。子どもの頃から目に親しんだあの手配書の大坂正明なのだろうか、本当に。渋谷暴動から46年。46年間も別人で生きてきたはずである。テロ等準備罪にリアリティを吹き込むためにも奴らは必死になって「大坂と思しき男」の本人化を図るだろう。黙秘の男性は本当に大坂容疑者なのか。仮に大坂容疑者だとして、指名手配されてからの46年をどう生きてきたのだろう。警察に手配されながら、最も激しい内ゲバの時代を生き抜いた。名乗った名前もきっと一つや二つではない。仮に黙秘の男が大坂容疑者だったとしても、今さら逮捕の必要性はない、それよりも空白の日々について語って欲しいと思う。少なくとも、与党が無理矢理成立を目論むテロ等準備罪のパーツになることを望まない。  

 

 

 連日北朝鮮がミサイルを発射している。その意図を誰もが図りかねている。安倍がピンチになると北はミサイルを発射する。安倍と金正恩は通じているのではないか、と妄想してみる。北のミサイルも、世界のどこかで毎日のように破裂している爆弾の一つ一つが政権にいいように利用されて、ますます自分はこの国を、「ここ」を遠く感じている。正確に云えば、憎悪を募らせるばかりであり、その憎悪を持て余している。  

 

 

 大道寺将司の死と大阪府警に拘留されたままの誰かと、総理の意向文書の波紋などについて思いを巡らせていた頃、石神井書林さんより一冊の本が届いた。『ぽかん』と云う小さな雑誌で、石神井さんの文章が載っていた。「千代田区猿楽町1-2-4(其の四)」と云うタイトルの文章のなかで石神井さんは書いていた、1974年のあの日のことを。永福町のカレー屋で、三菱重工ビル爆破を知った日のことを。爆破予告の電話に三菱重工がまともに対応しなかったせいもあり、8人もの死者と多数の怪我人が出た。「たまたまその日、三菱重工のビルの前を歩いていただけで強いられた死は、それを実行した人たちが掲げる正義や倫理とどんな関係があるのか。関係を強いた果てと、関係を取り払った果てと、この二つの出来事は両極のようにみえた」。「関係を強いた果て」とは連赤の同志殺人を指す。狼たちに殺人の意図はなかったにしろ、帝国主義的企業犯罪者への鉄槌として仕掛けられた爆弾はたまたまオフィス街を歩いていた「無関係」の人々を殺戮した。連赤指導部は、ものすごく単純化して云えば、革命戦士として相応しくない人間を淘汰した。しかし、そこにいる誰も「革命戦士」がどんな人間か知らなかったので小さな瑕疵をターゲットにして非難をぶつけ、結果的に殺した。共産主義革命のために同志殺人に至った彼らの「果て」と、戦後30年変わらぬ日帝の植民地主義に憤っていた彼らの「果て」と、ひとつの雑誌とそれを作り続けてきた人間の「果て」と、その人間と自分(石神井さん)の関係性の「果て」が石神井さんのなかで激しく交錯している様がみえてぼくはうたれた。自身の倫理を貫き、アイヌ差別、朝鮮人強制連行、東アジアの環境破壊といった植民地主義を清算しない連中への闘争の道筋で「無関係」の市民を巻き添えにし、結果その8人の死にずっと向き合って獄中で生きてきた大道寺将司のことを思うとき、塗り固められた嘘に胡座をかく政府の要人の「倫理性」について考えるとき、「果て」の有様を裁く資格を有するものなどいるのだろうかと、何度でも絶望するのである。  

 

 

 ここのところMONOの『Rays of Darkness』というアルバムに収められた「The Hand That Holds The Truth」を延々繰り返し聴いている。この曲をいま聞くことができてよかった、つくづくそう思った。高校時代の友人の健ちゃんならきっとこう云うだろう、「相変わらず那須くんはこう云う曲が好きなんだね」と。MONOは徹底的に生と死について歌っているインストバンドだ。どんな人たちがやってるのか全く知らない。知らないけれど、このひとたちは「言葉をつかわずに」ひたすら生と死について「歌っている」ようにぼくには思える。ここ数週間、この国や世界で起きているいくつもの出来事について考えるとき、ぼくの頭のなかでは常にMONOが鳴り響いていた。これを書いている今も。石神井さんの文章を読んでいたら、やはりMONOが聞こえてきた。  

 

 

 水族館劇場の機関紙『FISHBONE』の66号で桃山さんが書いていた一行の文章が忘れられず、今、こんな時代にあって、これ以上悲しくまた心踊らせる「檄文」はないように思った。「政治的な絶望が深ければ深いほどみはてぬ夢にまどろみつづける芝居者でありたいと考えている」。芝居者を古本屋に置き換えて誦んじてみる。

at 09:31, 古書赤いドリル, -

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