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暗闇でユッケを食べる

  昨夜はROCK市ROCK座でした。アナログ1000枚超の大放出。新代田FEVERに搬入後、ぼくは店に戻って寂しく客を待つ。誰も来ない・・・同志Tにメール。「そっちはどうだい?」「きりきりまいです」。「ん?てんてこまいってことか!?」。開始直後から、前回同様のバカ売れ状態だったようだ。そりゃそうだ、ヤフオクで高値取引の品々が300円もしくは700円均一だものね。或るお客さんからは小声で「バカだね」と囁かれ失笑される始末。始末のよい値段で提供できたことが嬉しいような惜しいような・・・、業者がセドっていたと聞いてやや愉悦に浸りつつ、今回も「売り逃げ」させて頂き主催者のAKIRA氏とこうじ氏には大感謝である。あと同志Tの孤独を見かねてずっと付き添ってくれていたユウ君にも!

  新代田FEVERで赤ドリアナログ出血市がフィーバーしている頃、ぼくは松下竜一の初期作品などを読み返していてあらためて氏の提唱していた「暗闇の思想」が、まさに現在の東京のテキスト足りうることに驚嘆していた。先日、最新号『en-taxi』に掲載されていた坪内祐三氏「それからの日本を思う」の一部を引用した。坪内氏は「節電のために明りが絞られた」街を歩きながら「懐かしい気持ちになった」と語っている。「少年時代私はよく家族に連れられて伊勢丹デパートに行く時、この地下道を歩いた。その時の明るさに似ていたのだ。その明るさにまったく不自由はない。むしろ心地良かった。つまり、今までが明る過ぎたのだ」。これは1973年頃、松下氏が豊前火力発電所建設反対運動参画時に発表した『暗闇の思想を』の根幹と通ずる。松下氏は海岸を破壊し火力発電所を増築するくらいなら暗闇でよいと言ったのだった。いまの明るさで充分だと。その日から40年、停電の危機に迫られやっと東京は充分な明るさつまりほどよい「暗さ」を見つけようとしているのかもしれない。豊前火力発電所建設反対闘争で松下氏と共闘し確か裁判所で原告側の訴状を読み上げたのが恒遠氏、松下作品ではお馴染みのその名前を文中で目にした直後、新代田FEVERに行ったら金髪豹柄ジャケットのご子息に会う。ぼくはちょっと嬉しくなった。その彼から「最近ちょくちょく寄ってるけどいつも閉まってます」と言われ、「結構開けてるんだけど」と言い訳する。こんなに休んでないのにまだまだなのか。幸い五月は同志Tもライブがないというし、五月は無休宣言だ!(※但し、お客さんが来ない夜は早仕舞いします)

 
 数日前「ユッケ殺人事件」と書いた。人為的確信犯的な作業ミスから起きた死ゆえに。その後既に死者は四人を数えた。「ユッケ連続殺人事件」となってしまっている。まだ入院中の重症患者がいるという、確かに店の問題もあるが与えられた情報から推測するに食肉卸業者が何らかの手順を怠ったのではないだろうか。連日ニュースで耳にする「トリミング」という作業は卸業者が担当する、それも契約の一部だったようだ。焼肉店は乱立し、どの店も安さ、コストパフォーマンスで勝負している。激しい競争は当然卸業者を巻き込む。卸業者もサービス合戦になることは想像できる。店の負担を軽減するサービスが仇となった可能性は高い。まだ真相は解明されていないので迂闊な言及は避けるが、こんな事態を招いた最大の要因は激安競争にあることは間違いない。ぼくが学生の頃、学生同士で焼肉屋なんて行けなかった。まだ牛角も生まれていない。安い焼肉食べ放題の店はあったかもしれないけど、「安い=マズい」方程式の時代。この10年だろう、安くてそこそこ旨いという店が普通になったのは。とはいえ「ユッケ」といった生肉系メニューは安く食べれるものじゃなかったはず。ニュース映像で確認したところ「焼肉酒家えびす」の「和牛ユッケ」なるメニューは290円。「安過ぎる」。ぼくらはそこまで「安過ぎる」ことを「焼肉屋」に求めているのだろうか。焼肉を愛し続けているものとして、学生時代「焼肉屋は高過ぎる」とブー垂れたことはない。金がなくては行けない場所があるということは普通のことだ。更に言えば、薄暗い焼肉屋に漂う「玄人臭」が好きだった。今でもそうだ。明るくて清潔過ぎる焼肉屋は「味」がない。冒頭に紹介した坪内氏の文章はそのままぼくにとっての「焼肉屋」観に当てはまる。子供の頃父親と行った歌舞伎町の焼肉屋の薄暗さが懐かしいと思う。生肉は食べなかった。父親が生肉が苦手だったのだ。或る時期から「レバ刺し」を必ず注文するようになった息子に父はなんともいえない表情をしていた。「玄人臭」のする焼肉屋で「玄人衆」が好むユッケやレバ刺しを食すというそのことにぼくは悦びを憶えていた・・・。
 不景気が続く日本で安くてそこそこ美味しい焼肉屋は有難い存在だけれど、「安過ぎる」値段をキープするためにこんな悲劇が起きてしまったことは明白。「シワ寄せ」がいちばん削られてはいけないところに出た結果だろう。「明る過ぎる」必要はなく「安過ぎる」必要もない。前出の坪内氏の文章より言葉を借りる、「景気なんか回復しなくって、いいじゃないか。それよりも、この小さな財布で、普通に生きていける生活様式や国造りを目指していこうよ」。

 
 「安過ぎる」値付けに「バカだね」と失笑されたぼくも、そう思う。

 

at 08:18, 古書赤いドリル, -

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