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スポーツと暴力

 センバツ高校野球の代表校が発表になった。開会式までの2ヶ月間、代表に選ばれた学校の監督及部長は本番に向けての練習もさることながら、とにかく「行動」には気をつけろと口酸っぱく注意していることだろう。引退する3年生がいちばん危ない。かつて駒大苫小牧は引退した野球部3年生が一般生徒に混じって卒業祝の飲み会に参加していたことがばれて出場辞退になったと記憶している。生徒だけじゃない、監督やコーチの体罰にも、学校側は神経質になっているはずだ。さすがに昨今では監督やコーチの体罰によって「対外試合禁止」になることはないが、話題にはなる。桜宮高校は硬式野球の世界でも大阪の公立校のなかではそこそこの強豪校である。確か埼玉聖望学園の岡本監督やかつて光星学院を率いていた金沢監督は桜宮出身ではなかったか。優秀な指導者も輩出しているのだ。公立高校もスポーツに力を入れて特色を出して行く、それ自体はいまの時代至極ふつうのことだ。例えば最近いくつかの都立高校の硬式野球部の躍進が目立っている。背景には有名指導者がいる野球部に選手が集中していることがあげられる。私学の強豪校と違ってセレクションがないから部員数はめちゃくちゃ多い。指導者の転勤に伴い、今まで無名校だった都立高校がいきなり頭角を表したりするので全体の底上げにもなっていると思う。大阪の桜宮高校バスケ部の場合は顧問の先生が18年間も指導していたというから殆ど私学同様だ。野球で云えば徳島県立池田高校の故蔦文也監督みたいなものだろう。社会科の先生だった蔦監督は池田高校を40年も指導した。在任中異動の話は全くなかったのだろうか?徳島県は唯一私学が甲子園代表になっていない県でもあり、県全体で公立高校の運動部の活動を支援していることが長期政権の礎になったのかもしれない、想像だが。名将蔦監督もいまの時代であれば即高野連から注意を受けるだろうユニークな言動とエピソードには事欠かなかったが、幸いと云うべきかギリギリセーフの時代に高校球界を去った。少なくとも高校野球の世界においては、強面の監督が幅を利かす時代はとうに過ぎた。最近の強豪校の監督像といえば、大阪桐蔭の西谷監督のような冷静沈着タイプか、日大三高の小倉監督のような熱血漢で人情家タイプか、なんにしろ体罰ありの指導方法は最早リスクがあり過ぎると云うことは高野連が絶対支配する高校球界にあっては常識だ。ましてひとりの生徒に30発もビンタしていたとしたら問題にならない方がおかしい。ただ、そういった指導者が一部のOBや在校生から支持されたとしてもまったく不思議ではない。スポーツの世界ではよくあること。もちろんその逆の例もある。ヤンキースの黒田博樹は大阪の私学強豪校である上宮高校の出身だが、高校時代の指導者を恩師と仰ぐプロ野球選手が多いなかで珍しく当時の指導者を賛美しない選手である。前人未到の甲子園20勝投手である桑田も「二度と高校時代には戻りたくない」と公言している。仮に体罰を受けたとして、その選手が自身の成長に手応えを感じていたとしたら、体罰自体を容認することは全くありえる話だし、体罰も含めて指導方法に違和感があればその指導者を認めたり信頼することはないのではないか。会見で橋下市長が「勝利至上主義に陥っていなかったか」と批判したが、「いまの日本人は競争を忘れている」と嘯く橋下とは思えぬ言葉だが、「勝利至上主義」自体を悪者にしては部活動が成り立たないだろう。問題は、体罰は「勝つ」ためのものではなく、指導者の指導に従わせるための手段でしかないという事実にある。さらに、桜宮高校の体罰事件のもうひとつの問題点は、「体罰」が表面化したことが数回あったにも関わらず学校側が隠蔽して来たという実態があったからで、よって橋下市長も「大鉈」を振るわざるえなくなった。結果的には「名称」をチェンジしただけに終ったが、ぼくは珍しく橋下を評価している。こういった事件が起きた際、市長が積極的に問題を大きくするなんて例はかつてあまりなかったのではないだろうか。いじめ同様「体罰」も定義は難しく、例えば昨年の日本シリーズ第2戦、立ち上がり制球を乱していた澤村を阿部がビンタしたがあれを「先輩による体罰」と批判する人はいない。アマチュア野球を観戦しているとちょっとした「体罰」的なものはよく目撃するがその多くは「気合い注入」、猪木のビンタみたいなものである。猪木のビンタか「体罰」か、やる方とやられる方と「確認」しあうしかないのかもしれない。かなり間が抜けているけれど。或はいっさい手を挙げないか。しかし、兵庫県立龍野高校野球部員のように障害者をからかっている様子を動画投稿するようなろくでもない生徒は殴りたくもなるだろうな監督さんも…とも思う。

 

 スポーツと暴力はなぜこうも癒着するのか。それは何も指導者による「体罰」や部活動内における「いじめ」だけでなく。1970年代の広島カープ応援団もたびたび暴徒化し話題を掠った。しかしエジプトのケースは次元が違う。そもそもはホームチームアル・マスリのサポーターが試合終了後アウェーチームであるアル・アハリのサポーターを襲い73人の死者を出す大惨事を引き起こしたことに始まる。この事件の首謀者と目されたサポーター等21人に死刑判決が先頃下され、今度はその判決に抗議する人びとが暴徒化して治安部隊が出動する事態になり32人が死亡したという…。では死者の数は何人でしょうか、という算数の問題ではない。そもそもの暴動も国家ぐるみの謀略だったのではないかと松本清張ばりの謀略説まで飛び交い、素人にはさっぱり理解できない「事件」なのだ。この日本に於いても、かつて六大学リーグがはじまる以前、早慶戦における応援団同士の暴力沙汰は凄かったらしいが、「応援団」の暴動の歴史というのも繙けば興味深いものがある。

at 18:42, 古書赤いドリル, -

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あ, 2015/05/14 12:02 AM

帝京高校 東京 横浜高校も体罰暴力すごいらしい










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