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さらば高見盛の時代 〜スポーツと暴力②〜

 高見盛がついに引退である。高見盛の取組はすべて録画していたぼくも晩年はさぼりがちで、十両に陥落してからは一番も録らなかった。もういいかな、となんとなくやめてしまったのだ。どれだけ好きだったか。当時やってたバンド名をドリル盛と改名したほどに。幕内上がって間もなくから録り貯めた高見盛の相撲、インタビューの貴重な映像は、いつか酒でも呑みながら滋養強壮剤として活用しよう。息を吸いながら喋るあの姿は誰しも笑わずにはいられない、平和の使者としての核爆弾だ。そんな高見盛の最も評価されてしかるべき点とは。白鵬だって日馬富士だって朝青龍だって稀勢の里だってみんなみんなやってたのに高見盛だけはやらなかったこと、「注文相撲」である。立ち会いの変化、絶対しなかった。常に愚直に同じ取り口で相手に向って行く。だから研究されやすく負けも込んだ。しかも、人気力士で常に永谷園の懸賞金がついていた高見盛には皆「本気」で来るから毎日が真剣勝負。朝青龍などからもいじめられたり、辛いこともあったろうけど、よく36歳まで頑張ったなあ、と思う。雅山が昔云っていたことを思い出す。「高見盛の仕切りを見ていると笑えて元気が出る」と。土俵にあがっていた力士でさえそうなのだ。いわんや我々なんか。気合いを入れて土俵に向ってのしのし歩いてくる姿、勝って胸を張り負けて肩を落とす、こんなにわかりやすく「絵になる」力士にはもう二度と出会えない。青森県板柳町の出身、そう、永山則夫と同郷である。小学生のときからのライバル若の里はまだ現役だけど、オタクで気の弱い高見盛が究極の力社会でよくぞいままで角界を生き伸び、出世もし、華やかに引退できたものである。因縁の朝青龍に勝ったときの高見盛の泣きそうな表情はいまもくっきりと…


 ドリル盛のリングを捜しあてた。当時のベーシストが職人に頼んで作ってもらったオリジナルリングである。この圧倒的なくだらなさ!



側面には「盛」の文字。



そして下部には、


チャンコ。このリングは高くなるな。たぶん…

at 19:06, 古書赤いドリル, -

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高見盛, 2013/01/29 11:00 PM

応援ありがとうございました


高見盛

古書赤いドリル, 2013/01/30 8:06 AM

高見盛関、お疲れさまでした。振分親方としての活躍を楽しみにしております。断髪式には行かせて頂きたくと思っています。










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