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今日の「連赤」

 東京新聞の書籍広告をチェック。『文藝春秋』は「朝日」か。また佐々が「浅間山荘云々」書いてやがる。なんだかんだ「浅間山荘」で食うしかない男である(俺もか)。そのちょっとヨコに、桐野夏生新連載の文字。タイトルは『夜の谷を行く』。何故だかピンときた。すぐさま『文藝春秋』のホームページにアクセスし、より詳細な桐野の新連載の情報を求めれば、webにはサブタイトルがついていた、『夜の谷を行く 戦後最大の闇「連合赤軍」に挑む』。やっぱり!急いで自宅を飛び出し近所のセブンイレブンへ。ぼくが愛してやまないセブンはちゃんと応えてくれた。1冊だけ、そっと棚に差されてぼくを待っていた『文藝春秋』を手に取りレジへ。

 

 慌てて帰宅、すぐさま読み始める。主人公の名前は「西田啓子」。イヤな予感。また偽名か。「連赤」モチーフ作品は多いが、偽名だと少しテンションが下がってしまう。しかし読み進めると、連合赤軍・永田洋子・吉野雅邦・金子…と本名が出て来た。「六日、自分が脱走する」とある。ということは「西田啓子」は山本保子と云うことになるが…。可能性としては「生存者」或は「娑婆にいる人」のみ偽名にしているパターン。このパターン、ぼくが知る限り初めてだ。最もまだ連載1回目である。何かを語るには早い。

 

 「残す会」ではかなり前に、「桐野夏生」の名は話題にのぼっていた。桐野さんから取材の申込があったこと。「連赤」をやろうとしていることは聞いていたが、実現するとは思わなかった。初期の小説は大概読んでいるが、たぶんそれから10年以上経っている。これから毎月『文藝春秋』をチェックする必要がある。

 

 「連赤」のフィクションは多いが、満足できるものは少ない。初めて読んだのは中学2年くらい。高木彬光の『神曲地獄篇』だ。ほどなく西村寿行の『鬼女哀し』(これはもうデフォルメされ過ぎててそのカテゴリーに入れるのも憚れる)も読んだ。中学生の頃のぼくは西村寿行にゾッコンだった。高校生の頃、河出が函入りの若手作家のなんとか叢書みたいなシリーズを始めて、最初が三田誠広『漂流記1972』だったのだが、これは西村寿行よりひどい作品だった。確か中上健次が怒っていた気がするが…勘違いかもしれない。大学時代に「昭和の犯罪史」に目覚め、愛読していたのは『犯罪の昭和史』、そこには別役実さんの文章が載っていた。でも、それは「連赤」の魅力に気づかせてくれるようなものではなかった。「あさま山荘」をリアルタイムで経験してない者にとっては、あの、打ち込まれるモンケーンの映像ばかりを見せられるからなかなか「連赤」の魅力に気づけない。結局、当事者である坂口弘さんの『あさま山荘1972』を読んで、文字通りぼくの人生は変わった。『神曲地獄篇』を読んでからすでに20年以上の月日が流れていた。

 

 「連赤」について書かれた大概のものは読んでいるつもりだが、やはりフィクションの限界はあると思う。山本直樹さんの『レッド』は、完全に「実録」だ。若松監督作品の百倍「実録」であるが、残念ながら「偽名」なのである。誰が誰だかばかりアタマの中で追ってしまうので途中で読むのを諦めた。いまは「完結」を待っている状態。完結してからちゃんと読もう。当事者以外の「連赤」論では、坪内祐三さんの『一九七二』を超えるものはない。新左翼党派にいたり、当事者意識が強すぎる誰かが書いたものでは得られない視点があって、かつ「連赤」を1972年という大きな枠組みの中で捉えた画期的かつ唯一の作品である。インタビューものでは朝山実さんの『アフター・ザ・レッド』は必読だ。もうすぐ植垣さんの『兵士たちの連合赤軍』の新装版が店頭に並ぶはず。書き下ろしの追加などはないようだが、新しい読者と出会えることを願う。「総括」に終りはない。





at 06:29, 古書赤いドリル, -

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えの, 2014/10/21 7:13 PM

あの、吉野雅邦氏も生存者なんですけど。

赤いドリル, 2014/10/22 4:08 AM

大変失礼しました。そうですよね。

えの, 2017/04/05 12:04 AM

単行本出ましたね。
「西田啓子」は誰か一人をモデルにしたのではなく、いろいろ混ぜてあるようです。










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