<< 今日の「連赤」 | main | リニアと大臣 >>

垢抜けない人々

 いまコンビニの店頭にも並んでいる雑誌『MADURO』、手に取ってはないが表紙のコピー「やんちゃジジイ」にムカムカする。過日テレビのパブでも見たが、ひと昔前「ちょいワル」でプチブレイクした岸田氏が創刊した新雑誌。還暦前後を狙っている模様。これはポストなどの男性週刊誌が執拗に展開している「老人の性」特集などに呼応している。そういや、前回の五反田展覧会の昼飯どきに目撃した、界隈のピンサロ前にできていた行列にはそのくらいの年齢のオヤジもやや恥ずかしそうに(正確に云えば、恥ずかしくないフリをしながら)並んでいたっけ。ポストや現代といった男性週刊誌を買う層がどんどん高くなっていってしまった。若返りをはかることに諦めた編集部が選択したのが「老人をそそるエロ」と「嫌韓・憎中」というわけだ。で、件の岸田氏はその還暦前後のオッサンたちの「妄想」を銭にしようと新雑誌を創刊した。「風俗」に落とすはずの金を時計や洋服に使いなさい、と。「性欲」から「物欲」への転化だ。この新雑誌を紹介する文章の中には、「ニュー・シニア8大関心事」として、「ファッション」「クルマ」「時計」「健康」「食」「旅行」「アンチエイジング」「金融」「投資」「不動産」を挙げている。ほんとうにこの8つしか興味がないオッサンがいたとすれば、それは即ちバカである。この「バカ」のせいで日本がこんなになってしまったと更に腹が立ってきた。バブルを大いに満喫した世代を未だに「妄想」の中に沈めようというなんと悪意に満ち溢れた雑誌であろうか。60過ぎて「ファッション」と「時計」と「健康」と「アンチエイジング」と「不動産」にしか興味のないオヤジがもし本当にいるとしたら…それはもう「A級戦犯」だ。


 確かに、ぼくはブクブク太っている。10年前までMサイズのTシャツを着ていたのに、今はLサイズのTシャツすら「ちょうどよすぎる」。デニムなんか更にひどく、自宅にあるそれらのほぼすべて、ジッパーはあがらない。バリカンでたまに刈るだけの頭髪は常にボサボサ。洋服のこだわりは「楽チン」、それに尽きる(だから1年の半分はTシャツ短パンだ)。「写真にも映る醜さ」しかない。ただひたすら醜くなるよりは、少々お洒落に金をかけることも悪くはないだろう。ただ、それは還暦にもなって金儲けのために作られた雑誌を見て真似することではない。想像してみよう。60歳のオヤジが外国人モデルが着ている洋服のスタイリングを真似したり、化粧品を買ったりするところを。その年になって尚「マニュアル」を必要としてしまうことへの「抵抗感」がないのだとしたら…、人間はそんなにも従順に生きられるものなのだろうか。

 ぼくの日々の生活は、手元にある印刷物(資料)をパソコンに打ち込むことである。「か」と打てば「解放」、「ぷ」と打てば「プロレタリア」、「に」と打てば「日帝」、「ち」と打てば「中核派」、「き」と打てば「共産主義」もしくは「共産主義者同盟」、「か」と打てば「革命」もしくは「革共同」と出てくる。それら1970年前後の資料を24時間ずっと触っていると、この「斗い」に身を投じていた人たちのことが猛烈に愛おしくなるのだ。こんなにも愚直に、問答無用の反国家反権力を貫けた若者たちのことを、そしてその若者たちの殆どは日和ることなく今も相変わらず「反国家権力」なのである。かっこよすぎるじゃないか。この「斗い」に身を投じた人たちは既に還暦を疾うに過ぎてるが、間違いなく『MADURO』は買ってないと思う(というか知らない)。こうしているいまも、現在進行形の「怒り」の矛先を政府に向けているのだ。この「怒れるオッサン」たち、永遠に「垢抜けない」人たちのかっこよさにいつだって心打たれるのである。

at 06:44, 古書赤いドリル, -

comments(2), trackbacks(0), - -

comment
閑人亭, 2014/10/17 9:37 AM

始めまして。
手元には1969年10月10日に手渡された共産主義者同盟赤軍派のビラなど。どこかの壁からはがしてきたポスター「安保6.15記念前夜集会」革命的共産主義者同盟・中核派ほか、など。
見ていると血が騒ぎます。

古書赤いドリル, 2014/10/19 3:49 AM

お世話になります。赤軍派のビラ、羨ましいです。










trackback
url:http://blog.aka-drill.com/trackback/582