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超忙しいのに…

 この国の辞書から「絆」の一文字を消して貰いたい。「オールジャパン」も消そう。東日本大震災直後に流布された数々の甘ったるい言葉のすべてを「禁句」にすべきだ。何を云われても「粛々と」という返事以外しない総理や官房長官への怒りのやり場がない。「粛々と」にも退場して貰おう。「淡々と」とか「事務的に」とか「民意を無視しながら」とか他に言い様はあるはずだから。「粛々と」という言葉には慇懃無礼というか匿名的なというかなんだかイヤな響きがある。ネット右翼発なのかその出自はわからぬが「プロ市民」というアレもムカつくのだ。ようはなんやかんや「権利」を主張する左翼系というか人権派というかエコロジスト的な市民を揶揄して使われている。揶揄する主体も市民のはずなのに。この国の安倍政権を支持する多くの「民」は「市民」ではないらしい。電通が韓国系企業だとかそんなネットのデマを信じてしまうような無邪気なそいつらは「市民」ですらなく、つまり現政権のただの「票田」 に過ぎない。「民意」という稲穂を刈り取られた茫洋とした田圃である。名はない。安倍だったか菅だったか、沖縄の意思は何十年前かと何年前かに2回確認している、と。つまり現在の沖縄の「民意」は「民意」として認めないと云っている。現在の「辺野古埋め立て反対」との意思を表明している人々を沖縄県民として認めないと云っているのだ。いくらアメリカの属国の一介の「州知事」とはいえ、こんな暴言を許していいのか。三原順子が「八紘一宇」と発言したことが話題になった。仕方ない、ヤンキーというのは忠誠心の塊だからそんなことは大目に見よう。昨日か一昨日かは安倍は自衛隊を「わが軍」とついつい表現してしまったらしい。最早金正日気取りである。沖縄への経済制裁に踏み切るだろう。安倍にしてみれば、最早「沖縄」は北朝鮮よりも激しい憎しみの対象となっているはずだ。ところで、日本の右翼は何をやっているのか。総理が自国民をないがしろにしてご主人様の機嫌ばかり窺っているというのに。闘ってるのはシニア左翼ばかり、か。ぼくもまあただ憤慨しているだけだから偉そうなことは云えないけれど。

 

 内田樹氏と白井聡氏の対談集『日本戦後史論』の中で、白井氏がこんな発言をしていた。「(前略)私の友人は、アメリカが日本の学生運動などをどのように調査し情報収集していたかを調べ」ていると。それに対して内田氏は「人為的な仕掛けはたぶんあった」、「僕がその当時CIAのエージェントか国務省の広報担当官だったら、ロックンロールから攻めたでしょう」。そこでピンときた。坪内さんの『一九七二』によれば、連赤のその年は海外アーチストの初来日ラッシュだったのである。「(前略)日本で、ロックが、ロックとしての最初のピークを迎えるのは、この時期、一九七一、二年のことだった」。ブラッド・スエット&ティアーズ、シカゴ、グランド・ファンク・レイルロード、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド、CCR…などなど。アメリカやイギリスの大物たちがぞくぞくと来日している。それは赤軍派と革命左派が統一赤軍となり連合赤軍となりあっという間に解体を迎える日々と重なり合う。CIAや或はその意向を受けた公安による「謀略」はあったのか?ちょっと革マルチック過ぎるだろうか。ただ、革命左派がそもそも「反米愛国」を標榜する最武闘派だったことからも、そこを或る程度本気で潰しにかかっていたとしても不思議ではない。ちなみにいまの右翼の殆どは「親米愛国」だから彼らにとって実に聞き分けの良い「オトモダチ」みたいなものだ。赤軍派と革命左派がくっついたことに関しては、例会に参加している当事者たちも明確な「解答」を持っていない。一般的には「銃」と「金」の必然的な結合であるが、その「結合」が新左翼運動への一般市民のシンパシーを加速度的に減退させたことを考えれば、いろいろ勘繰りたくもなる。

 

 かつて船本洲治は皇太子の訪沖に反対し沖縄で焼身自決したが、このままでは辺野古に死者が出てしまう。「違憲状態」と認定された「一票の格差問題」を完全に放置しているくせに、「我が国は法治国家だから」といけしゃあしゃあ辺野古埋め立てを進めつつ、「法的」手段に訴えんとしている。絵に描いた「お役所仕事」だ。ていうか、今どきの「お役所」のひとたちは結構みんなハートフルだぞ。「粛々と」ではなくきちんと対峙して話し合い、潔くアメリカにゴメンなと頭を下げる、そしたらぼくも安倍政権支持します、少しだけ。いや、支持はしません。

at 17:09, 古書赤いドリル, -

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KF, 2015/05/08 1:04 PM

通りすがり失礼。

「プロ市民」は元はある市民運動家が使った言葉だそうです。よくわからないが、生活保守とか日和見主義ではなく、主体的な市民という意味で作ったのかな。運動家の間では一切根付かなかったが、別の形で定着。なんか反日武装戦線あたりの「反日」が市民運動家にはさほど受けなかったのに、市民運動家が皆「反日」やその支援者のようなイメージでくくられてるのと似てるかも。

では失礼します。

赤いドリル, 2015/05/11 6:12 AM

元々市民運動家発の呼称だったのですね。興味深いご指摘、有難うございました。










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