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野戦之月を観に行く。

 野戦之月海筆子のテント芝居を立川に観に行く。午後から降り出した雨は夕方には土砂降りになる。石神井書林さんと立川駅で待ち合わせて案内されるままに昭和記念公園向いの空き地。工事現場と思しきそこはあちこちに水たまりができていて、泥が跳ねる。


 

 かねてから観たいという思いはあったがなかなかタイミングが合わず、しかし今回、木曜日に観たという石神井さんの「悲しみの底を書けるのは桜井大造だけだ」という言葉に打たれて「ぜったい行きます」。すると、当日の昼下がり石神井さんよりTELあり。「俺ももう一回行くよ」。そこまでいい舞台なのかと、さらにぼくの期待は高まる。


 

 立川の駅は異様な熱気に包まれ、日本のことを何も知らない外国人が観たらきっとここを都心と勘違いするであろうほどの人波。しかしそれも駅前の商業施設が途切れる頃にはパタリ、気づけば野戦之月テントを目ざすおじさんばかりが雨の中をトボトボと。



 

 

 そして、開演時間には満杯となったテントには一段と激しく雨音が響き、芝居ははじまった。『トキオネシアの森 ぐぁらん洞スラムモール』。かつては陸軍、いつか米軍、やがて自衛隊と常に軍隊と基地に隣り合わせた立川という街に流れ着いた生者と死者の物語が交錯する。登場人物の科白ひとつひとつが饒舌な詩のようで聞き惚れる。役者としての桜井大造があまりにも素晴らしくてそのシーンをもっともっと見続けたいと思う。ぼくが芝居を観はじめた1617の頃からずっと理想としているぼくの中の「役者」像を完璧に体現している人がここにいた。石神井さんに「テント芝居を観続けてきてよかった」とまで云わしめた場面。天井から微かに垂れてくる雨の雫で「ぼうふら」(桜井大造)がドヴォルザークの「家路」を口ずさみながら髪の毛を洗うシーンは、確かに泪が溢れそうになる程美しい絵だった。


 

 登場人物は、それぞれの故郷(=「家」)を追われて、つまり帰り道(=「家路」)が失われた人、日本人や中国人やドイツ人や、様々な国から流れ流されこの「スラム(=モール)」に辿り着いた人たちである。かつて米軍基地であった場所に作られたはりぼての「モール」。アメリカの属国としての日本。国家に「搾取」される民の群れ。そして、その日本の誰かが自身の飢えを充たすことによって飢え死にする他国の人…。飢餓の連鎖の彼方にいる最も虐げられし人に舞台は寄り添う。


 

 「ぐぁらん洞」の「スラムモール」とは、もうひとつの、凝縮された日本でもある。郊外の大型ショッピングモールに行けば、そこはいずれもよく似た吹き抜けの構造で、同じような類の店が並び、誰もが同じような装いで飢えを充たすかのように何かを買い、フードコートには人が溢れる…。現在の日本を象徴するマイルドヤンキー集うその場所の風景を反転させればそこが「スラムモール」なのだ。立川を沖縄と同じ「基地の街」としてリンクさせれば、「基地」とは「がらんどうの空間」であり、その傍に棲む人間は「土地」を収奪された者として「悲しみ」を共有する。更に、「ショッピングモール」と「基地」というふたつの「がらんどう」を重ね合わせることによって、沖縄や炭鉱や寄せ場や立川やここ東京までをも通底させる。搾取され続ける民が集う迷宮のような「モール」で、ラスト、隠匿物資の米を盗んだ「ちくわ」が運転するフォークリフトが闇の向こうに駈けてゆく、ガソリンの匂いだけを残して。跳ね上げられたテントの先、どしゃぶりの雨の中に見え隠れする点火されたたいまつに搾取され続けた民の叛乱を予感させながら芝居は終る。何処からともなく現れたオールキャストが土の舞台を彷徨いながらやがて前を向き力強い合唱が小屋に響きわたるとき、この時間が少しでも長く続いて欲しいとぼくは願う。


                                                                                                         

 石神井さんと共にテントの外に出れば、そこは降り続く雨によって益々ぬかるんだ空き地である。かつて「基地」だった公園の横を再びトボトボと、それでいて興奮冷めやらぬまま揚々と立川駅に向って歩いてゆく。



at 07:09, 古書赤いドリル, -

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