<< 街宣 | main | 圧倒的な。 >>

弾丸

 月曜日は6時半に自宅を出る。中央市もなく、今日は完全フリー。24時間水族館ツアーである。7時30分発の名古屋行き高速バスは出来たばかりのバスタ新宿より。


   



 出発してあっという間に寝る。目が覚めたら読書。うたた寝。読書…。途中、足柄と浜松で休憩。



 



 定刻通り名古屋到着。「ささしまライブ」って何のこっちゃ。ささしまは笹島と理解。笹島は山谷、釜ヶ崎、寿町のような日雇労働者の町すなわちドヤ街があったところ。その面影はまるでない。  


 近鉄でとりあえず津まで。途中、近鉄富田の三岐鉄道の乗車駅を窓越しに見つけて思い出した。山岸会の特講はこの三岐線の大安駅を下車したところにある大安実顕地で受講したはず。いまから25、6年前。2年の間に4回くらいこの辺りをウロウロした。ぼくにとって三重県と云えばまずヤマギシズムなのだ。これから行く芸濃と云う土地も山岸会を訪れたときに知った。その強烈な地名を。養鶏法を通して世界を変える「Z革命」を標榜し地元の農民を次々オルグした山岸会。昭和30年代の話だ。ぼくがヤマギシ会の特講を受講した1991年頃ですら誰も知らなかったから、いまは尚更であろう。今となっては幻の事件、この世のこととは思えぬ様な…。    



 津駅。地下飲食店街に惹かれたが空いてない。




 




 駅ビルで天ぷら定食と生ビール。バスの時間までまだまだある。「路線バス」の蛭子さんや太川さんになった気分。  

 
 バスで椋本まで。バス停からとことこ歩く。立派な家の壁にポスター。







 ほどなく幟。




 



 噂通り、地元の方が行列をなしている。整理券を貰って桃山さんと話をする。連日超満員につき、到着時間を心配していてくれていたようで恐縮する。前芝居を待っていると「那須さん」と呼ぶ聲。振り向けばなんと椎野礼仁さん!残す会でお世話になっている礼仁さんは歌人の福島泰樹さんと一緒に来ていた。 「レーニンよわがレーニンよポマードが溶けて眼に浸みていたるよ」。  福島さんの短歌絶叫に出会ったのは高校生のころ、『中也絶唱』のカセットブックだった。文字通り擦り切れる程聴いた。CDでは『革命』が最高にいい。礼仁さんと話しているうちに開演。



 



 田舎の野っ原みたいなところでやるのかと思いきや、住宅が隣り合わせの場所。でも大音響。懐深い芸濃町。超満員の劇場、やはり地元のおじさんおばさん率高い。そのため、ひそひそ話や携帯着信音が漏れ聞えてくるがそれももともと「込み」なのだろう。紅テントが筑豊を必ず訪れていた頃のエピソードを彷彿。開演を待ちわびる炭坑夫たちが一升瓶持って「ガラッ」と桟敷席で叫んでいたという。旅の一座は初めて訪れるアウェーの地すらホーム(=故郷)にすり替える。水族館劇場は「ホームグラウンド」と定めた太子堂神社を追われはしたが(復活はあるのだろうか?)、ここ芸濃の町でしっかりと愛されている。この溶け込み様が流石。伊達に流れ流れてないのである。流れ着いた場所が「ホーム」と云うことなのだろうか。あらゆる土地が桃山さん云うところの「うぶすな」であり、同時に「うぶすな」ですらない。  


 芝居は大仕掛けに溢れた水族館の真骨頂。物語は収斂を見なかったが、それはまだまだ「つづき」があるということなのだろう。「パノラマ島」とは「東京」である。百鬼夜行の「東京」に水族館劇場が再び斬り込んで来る日に期待。それはいつでもいいと思う。水族館が立上がった場所が「あの世」への入口であるのだから。  


 終演後、マイクロバスで津駅まで送って頂く。あっという間だった。名古屋駅まで1時間。駅構内の店はすべて閉まっている。地下街も全滅。仕方なく雨の大閤通口界隈をうろつくが適度な居酒屋を見つけられず。チェーン店の宮本むなしに入るが長居できない。1時間、駅前で佇む。24時45分、バス乗車、即爆睡。朝5時半、新宿駅南口も雨だった。

at 11:04, 古書赤いドリル, -

comments(0), trackbacks(0), - -

comment









trackback
url:http://blog.aka-drill.com/trackback/719