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柳楽優弥と森田剛。

 柳楽優弥と森田剛。  


 ふたりがそれぞれに主演をつとめる2本の映画が同時期に公開されている。2本とも「暴力」をテーマにした映画である。「暴力」とか「過激」とかを謳い文句に掲げた映画を観ないわけいかなくて2本とも映画館で観た。  


 この2本の映画、オープニングタイトルが変なタイミングで出て来るところが似ている。  


 『ディストラクション・ベイビーズ』は大傑作映画『闇金ウシジマくん2』でイカれたストーカーを演じた柳楽優弥があのときの「狂気」を更に増大させのっけから意図不明の「暴力」をふるいまくる。それはあたかも「自傷行為」的な理由なき「暴力」である。 『ヒメアノール』は森田剛の「破滅的な暴力」が加速してゆく様に息つく暇がない。


 『ディストラクション・ベイビーズ』は前半の柳楽優弥のインパクトがあまりに凄くて、正直後半は少しだるかった。意図的なのかもしれないが、後半「暴力」の描写が柔らかくなる。そこで「暴力」行為は行われているのだが、視覚的には隠される。『ディストラクション・ベイビーズ』の柳楽優弥と菅田将暉は一時期アメリカで流行ったノックアウト・ゲームのような通り魔的暴力に興じるのだが、「凶器」が使用されないため血飛沫は控えめ。


 一方の『ヒメアノール』は、森田剛の「いじめられっ子」の過去に因を発した暴力であり、つまり「理由ある暴力」なのだが、凶器が多彩で血飛沫は多め、「強姦」といったオマケもつくせいで極悪ぶりは森田に軍配。


 『ディストラクション・ベイビーズ』という映画、大してストーリーはなく、観客側は何の「情報」も得られぬまま柳楽優弥の「暴力」に晒される。それはアクション映画の「暴力」と違い、むき出しでちっともかっこよくない。なので前半のインパクトは半端ない。「背景」の不可視感が「暴力」の生々しさを際立たせていたのが、後半その「背景」が匂いはじめると少し「過激度」が薄れてゆく。そこが面白い。しかも、柳楽優弥がどんどん「強く」なって、やがてかっこよく見えて来る、というか、明らかに意図してかっこよく描かれている。柳楽の「暴力」が徐々に洗練されて、柳楽優弥は『ハンニバル』のレクターと化す。  


 『ヒメアノール』は2つのストーリーが交錯する。濱田岳主演の冴えない若者のラブ・ストーリーと森田剛主演の救いなきいじめられっ子の「その後の人生」物語。それが交錯したところから本編が動き出す。その動き出し方が凄くいい。客は「来たか!?」という気になる。客は森田の暴力を観に来ているのに濱田岳とムロツヨシの愉快なやりとりを見せられてほのぼのしていたところに容赦ない「暴力」が襲って来る…感じ。「平和」が理不尽な「暴力」によって破壊し尽くされる。『ディストラクション・ベイビーズ』が「渇いた暴力」だとしたらこっちは徹底的に「ウエット」だ。詳しくは書かないがその「ウエット」さがこの映画を傑作にしている。「いじめ」が生んだ「悲劇」というストーリーがまるでとってつけた「附録」のよう。『ヒメアノール』の監督の意図はそこにありそうだ。平凡なストーリーが「暴力」の理不尽さをより鮮烈に浮かび上がらせる。  


 どちらもパッションを感じさせる作品だった。最近の韓国映画の「暴力」が益々スタイリッシュになってゆくのに比して、目を背けたくなる様な、痛みを伴う「暴力」ときちんと向き合った傑作と呼んでいい。両作品ともに、「アクション映画」とか「バイオレンス映画」というカテゴリーの映画ではなし得ない「暴力」の本質をスクリーンに抽出させることに成功している。柳楽優弥と森田剛、甲乙つけがたいが柳楽のポテンシャルはやはり底知れぬ。森田剛はもっともっといろんな役柄で映画に出るべき俳優であると思う。頼りなさげな体型に味がある。ところで『ディストラクション・ベイビーズ』にはもうひとり『闇金ウシジマくん2』の菅田将暉が準主役で出演している。菅田は注釈の必要もない程にいま最も売れっ子の俳優だ。『闇金ウシジマくん2』同様、この映画でも「鬱屈した若者」を好演している。『渇き』の小松菜奈もあっという間に大ブレイク。当然だろう。『闇金ウシジマくん』シリーズはテレビ、映画ともにぼくの最もフェイバリットな作品であるが、なんと7月からテレビと映画で「新作」がゾクゾク公開間近と聞いた。嬉しくて仕方ない。

at 07:07, 古書赤いドリル, -

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