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レガシー

 少し前の「バリバラ」でエクスプロージョンfeat.あそどっくが差別解消法を歌にして踊っていて、これがあまりにも素晴らしくこどもたちにも見せたら案の定大喜び。ヘビロテ。その歌詞の一部に「差別〜」「昭和かい!」とある。差別は昭和の遺物(レガシーか!?)と断罪しているのだ。いまはそんな時代じゃないよ、と敢えて突き放してみせたいい歌詞だと思う。そんな矢先の「土人」騒動。いろいろ考えてみる。いま「土人」って使う?24歳(だったか?)の若者が咄嗟につかう言葉かな、「土人」。誰かを侮辱しようとするときに「土人」と罵るのか、いまどきの若者は。確かにウチのオヤジ(世代)はやたらと「土人」を連発していたが、ぼく自身は誰かに対して「土人」と罵ったことはないように思う。ちなみにもうひとりの巡査長だったか、この彼も20代なのだけど、彼は何故か「支那人」と罵っているらしい。益々不思議。中国人がその場にいたの?たぶんいない。恐らく、国策に反対している人間=反日=支那人という連想から生まれた沖縄(人)への罵言だろう。東京新聞の中川淳一郎氏のコラムを読んで、ネット上では「沖縄土人」という言葉があるのを知った。48歳のぼくでさえピンと来ない「土人」を20代の若者が流暢に使いこなせるのはそんなわけか。松井知事や百田が「反対派のやつらのほうが悪い言葉を使っている」と「土人」発言の若者をかばっていた。これも面白い、ていうか、失笑。こどもの喧嘩みたい。自分たちの擁護がいかに幼稚かということにも気づけなくなっている。沖縄の人間、或は沖縄の反対闘争を支援しているヤマトンチューたちの「反対」の聲に潜む真情や歴史への想像力、謙虚さがない。「強行採決」という隠し球を見せびらかす自民党議員と同様に。どうなってるんだ、こいつらは。どこに行こうとしているのだろう、こいつらは。  

 

 

 相模原の事件以来、益々絶望が深くなっている。

at 07:53, 古書赤いドリル, -

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