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悪い予感しかない

 黒田が引退を発表したとき、イヤな予感がした。86年の日本シリーズを思い出したのである。あの年は山本浩二が引退を発表して迎えた日本シリーズで、西武には1年目で大活躍した清原がおり、「世代交代」というキーワードでマスコミが必要以上に煽り、津田が完璧なピッチングをしていたのに工藤にサヨナラヒットを打たれたところから潮目が変わり、あの秋山のバク転を生んだ。秋山にバク転されたときのみじめな気持ちをカープファンは何処かで引き摺っている。戦前の予想を覆し、カープの3勝1分、もう優勝間違いないかというところからの4連敗。黒田のシリーズを引退の花道とする発表は、86年の悪夢の再現をどうしても予感させた。浩二の悪夢から黒田の悪夢へ、悪夢の輪廻転生か?で、昨夜。抑えの中崎が打たれみじめな敗北を喫した。2回の無死2・3塁で無得点、丸の本塁送球がずれて犠牲フライを許したり、メンドーサに手も足も出なかったり、石原に固執して9回表のチャンスを活かせなかったり…ストレスの溜まる試合を見せられたあと、昏いきもちになった。ファンとは、勝手に喜び勝手に凹み好き勝手に文句をいい一方的に崇拝し…恐ろしく我が儘である。  

 

 

 ここのところ、NHKをはじめとして「何故カープを応援するのか?」みたいな特番をいくつか見たがぜんぶピンと来なかった。「逆境に負けない新井選手から勇気を貰って云々」「若手選手を我が子のように思い…云々」。それ、カープじゃなきゃいけない理由まったくないよね?逆境を跳ね返している選手なんかいくらでもいるでしょう。新井に限ったことじゃないし。プロになってる時点でどんな選手も既に「無名」ではないし。結局、ファンになってしまうきもちなんか人それぞれでそこに大した理由なんかない。育成のカープというけれど、ここ数年こそ花開いたが一時はドラフト戦略に失敗し続けていた。育成のカープというよりは、生え抜きの選手を大事にするカープであり、外国人選手の獲得が上手なカープと言い換えたほうがよい。すべてのチームにファンにしか見えないよさがあるわけで、それはなかなか他人に説明するのが難しい。勝ったときは気分がいい、勇気なんか貰わない。負けたときはドヨーンとして、勇気はもちろん貰わない。

 

 

 日本シリーズは感情移入しないように淡々と観ようと思い、仕事しながらチラチラと観ているのだが、負けたときのショックは変わらないことに気づく。当たり前だ。  

 

 

 みんないい試合だとコメントしているけれど、ぼくからすればちっともいい試合じゃない。少なくともぼくにとっては、8対1とか10対3とか「圧勝」こそがナイスゲーム。小窪や下水流がバカスカ打って大谷や中田がクルクル三振して、そんな試合しか求めてない。その我が儘さこそがファンである。ファンとは最悪な存在なのだ。

at 07:44, 古書赤いドリル, -

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