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今年の夏 其の一

 その日は五反田の並べで、携帯で経過を追っていた。並べじゃなかったら自宅で動画観戦できたのに、字面だけのチェックはもどかしい。なかなか更新されない。更新、3-0で高知商先制。更新、6-0で高知商、マジか…。ペタペタ値札貼りながら、どんどん重苦しい気持ちになり…、結果、10-2で明徳義塾敗戦。高知県選手権大会決勝戦で負けたのは実に2009年以来。現日ハムの公文が高知のエース、明徳は拓大ホンダ現楽天の石橋良太。正直なところ、準決勝で宿敵高知高校が高知商業に破れたため、これで決勝は少し楽になったかな、なんてタカをくくっていた。まさかの市川10失点。世間じゃ100回大会と高校野球が盛り上がっているなか、甲子園に馬淵さんが帰ってこない現実を受け止めるのは辛かった。落胆して帰宅。ネットニュースには「明徳敗退」馬淵監督関連記事が続々アップされた。高知商業は創部100年目でなんとしても100回大会に出るべく、打倒明徳打倒市川で今夏特別に燃えていたことも知った。この日、殆ど話題にならなかったが、楽天が石橋の支配下登録を発表した。不思議な巡り合わせである。石橋がなんとかプロ野球の世界に踏みとどまれた日、明徳は石橋で負けた夏以来、甲子園を逃した。  

 

 

 馬淵さんが9年ぶりに負けた日から、馬淵さん関連の記事がネットに上がらない日はなかった。馬淵さんに関するニュースを求めて毎日チェックし続けていた。馬淵さんのもとでコーチをしていた狭間監督率いる明石商業が甲子園に出場することになったり、馬淵さんの教え子であり、馬淵さんの親友上甲監督のもとでコーチをしていた中矢監督率いる済美が2年連続出場を決めたり、松井秀喜の始球式の後に星稜戦が組まれて散々「5連続敬遠」が取り上げられたり、まるで馬淵さんの不在を惜しむかのように、その名前をネットで見つけるのは容易かった。ぼくのような馬淵信者の記者のおかげか。しかし、開幕戦が星稜と明徳だったら世間はどれだけ盛り上がったことか。明徳のことだから、出場していたらそのくじを引き当てていたかもしれない、想像しただけで恐ろしい。「5連続敬遠」はなぜこんなにも話題になり続けるのか、松井秀喜の人柄、その後の松井秀喜の輝かしい実績、そして永遠に「答え」は出ないであろう全打席敬遠の是非。101回目も102回目も、甲子園の夏が巡るたび、それは問われ語り継がれるのだろう。  

 

 

 基本的に高校野球中継は監督インタビューのあるNHKで観る。しかし、馬淵さんが解説をつとめた試合のみ、BS朝日で観た。高岡商佐賀商戦など。残念ながら初戦敗退したが、狭間監督の明石商業は甲子園の常連になるかもしれない。兵庫県という公立も私立も強い激戦区で勝ち抜くのは相当難しいだろうが期待している。馬淵さんの因縁は続く。星稜の2回戦の相手は済美。松井五敬遠の試合に選手として参加していたふたりが監督として対決することになった。エース級投手を複数抱え、石川県大会決勝ホームランを7本打った中軸など、タレント軍団星稜と、愛媛県大会から一人の投手しか器用してない済美。対照的な2チームの対決は壮絶な打撃戦となった。8回まではワンサイドゲーム、8回裏に済美がひっくり返し、決着はタイブレーク。タイブレーク是非論あるけれど、ぼくは大賛成。タイブレークは戦術が重要になるし、延長戦では不利と言われる表側のチームにもチャンスが生まれるし、何より面白いし、大好きである。導入が遅すぎたくらいだ。星稜に2点を奪われた済美はその裏逆転サヨナラ満塁ホームランで勝ち上がる。続く3回戦では、なんと明徳を破った高知商業と。高知商業は山梨学院慶応という強豪に打ち勝った。明徳市川を打ち崩した打線は本物で、慶応の生井を圧倒したのには驚いた。慶応の守備もひどかったとはいえ、東海大相模打線を抑えた生井をノックアウトである。おそらく、明徳だったら慶応にあんな勝ち方はできないと思う。高知商の打力は今大会出場校中でも屈指だったように思う。ところが、済美の山口はそんな高知商業を完璧に封じこんでしまった。この試合、もう一つ着目すべき点があった。高知商業の北代、済美の山口、二人ともこの夏、地方大会からずっと一人で投げ抜いてきた投手であること。球数問題が取り沙汰されるなか、オールドスクールなスタイルのぶつかり合いにも興味があった。ふたりともにナイスピッチングだった。ぼくは球数制限反対派である。複数の好投手がいるチームしか勝ち上がれなくなってしまう制度が導入されることはないと信じている。今夏でいえば、プロ並みの投手陣を誇る浦和学院や日大三高、大阪桐蔭、近江はいいけれど、ひとりのエースで勝ち抜いてきたチームは突然「投手交代」を余儀なくされ、当然それは試合結果を左右する。それに向けて「ブルペンを整備せよ」という意見もあろうが、そうなったら益々「スカウティング」は加熱するだろう。投手の球数制限は投手の肩や肘は守るかもしれないが、日本中の多くのチームの出場の夢を断つことになる。あるとすれば、大会日程をより緩やかにして、「連投」をなるべく回避させる手だろう。  

 

 

 今年の夏、100回の記念大会の盛り上がりに加熱する「酷暑」ニュースがリンクし、なぜかやたらと「甲子園」のあり方をめぐる議論が活発化した。いろんな「外野」の提言がメディアを踊り、そのいくつかはネットで目にした。橋下みたいな高校野球に興味なさそうなやつや、駅伝チームの監督といったウルトラ「外野」の意見には腹が立ったりもした。甲子園球場は暑いから京セラドームでやれとか…。100年前から京セラドームでやってたらともかく、今更京セラドームのために命を捧げられるはずがない。高校野球は教育の一環とか、選手の命が大事とか、ごもっともなお題目や正論らしき暴論を吹っ飛ばすくらい、これは狂気の祭典である。暑さ対策は必要だが、甲子園開催を諦めるという選択肢はないだろう。箱根駅伝の5区、毎年のようにブレーキになる選手が生まれる。意識朦朧になりながら走る選手を我々はテレビ越しに応援する。並走する監督もギリギリまで手は差し伸べない。毎年21人走るうちのひとりやふたりが脱水症状になる過酷なレースに対して「箱根は危険だからやめようぜ」と言い出す人はいない。山は危険だから函嶺洞門ゴールにしよう、とか。危険があったとしてもやめられないことはある。餅とか。毎年何人も死者を出しながら見て見ぬふりをされている餅。甲子園は、夏の高校野球は「餅」だ。死者は出してないのだから、餅より危険の少ない「餅」である。さらに、橋下は「丸刈りは旧日本軍みたいだからやめろ」という。橋下は朝日憎しで何もかもが気に入らないのだろう。丸刈りとか髪型なんぞは各校で決めればいいことだ。モヒカンの方が威嚇的で良いというならば全員モヒカンにすれば良い。ぼくに云わせれば丸刈より君が代やめるべきだと思うけど。丸刈りに罪はない。亜大は大学生なのに、ここぞの決戦のときなど丸刈りにしている選手が多かった。それでも負けるときは負けるし。今回出場した慶応は昔から髪型自由だしムードもいいし何よりタレント揃いの強豪だがなぜか神奈川をなかなか勝ち上がれないし、10年ぶりの甲子園出場の今夏も高知商に惨敗した。髪型のせいではもちろんないが、いつもなんとなくチームとしての迫力がない。この真夏の、巨大な、狂ったトーナメント大会を勝ち抜くには何かしらの「狂気」が必要という気もする。

at 09:51, 古書赤いドリル, -

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