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川崎南町

  雨に沈んだ川崎の横町を歩いていると、学生時代、銭湯を探し求めてこの町をグルグル歩き回ったことなど思い出した。バイト帰り、汗と埃にまみれた身体をさっぱり洗い流してからその夜クラブチッタで行われるイベントに乗り込もうと、しかし銭湯を見つけられなくて薄汚れたままライブを観る羽目に、そのせいかライブがいまひとつだったことなども一緒くたに思い出した。

 銭湯は確かに少ないが、サウナや特殊公衆浴場の類は簡単に見つかる。『現代やくざ 人斬り与太』という深作映画に、出所して川崎に帰ってきた菅原文太がかつて暴れた銭湯を訪ねると「トルコ」になっていた・・・というシーンがあったっけ。・・・ここは川崎南町、しとどに雨に濡れてうらぶれた雰囲気が増量している。古びたアパートのような建物が小さなスナックの集合住宅みたいになっていて、平仮名の屋号の看板が傾いて見えるのも昼下がりだからだろう。ただ、夜でも決して賑やかな繁華街にはならない。飲食店が立ち並ぶ砂子や、風俗街のメジャーリーグ堀之内に比べてなんとなく寂しい、それが川崎南町である。あらためて、川崎にはふたつの風俗街があり、ひとつはここ南町。通りを挟んで、砂子の向こう多摩川寄りにあの有名な堀之内がある。小嵐九八郎氏の『川崎南町物語』を読むと、堀之内で稼げなくなった女性が南町に流れてくる・・・そんな図式もあるようだが、その数百メートルの距離をたゆたう哀切が、川崎を単純でない色合いに見せているのかもしれない。或いはぼくの思い込みなのだろう。

 付近に競馬場と競輪場が控え、かつてはさらに川崎球場もあって、まさにオッチャンたちの生き血を吸って川崎の繁華街は繁栄を極めたのか。川崎球場といえば1988年10月19日を思い出すが、CS進出に向けて勝つしかないロッテの対戦相手は近鉄の血をひいたオリックスである、舞台が川崎球場だったら面白かったのになーなんてぼやいている人も日本の何処かにいることだろう、ただ現在のオリックスにはあの日近鉄のユニフォームを着ていた人は新井コーチのみ、もちろん現役選手にはいない。ロッテはアクアラインで東京湾の向こう側に引越し、川崎球場は空き家のままだ。観客動員がままならない横浜ベイスターズはむしろ川崎に出戻ってくるという手もあるんじゃないか。客席があまりにもスカスカで可哀想なのだ、ベイスターズよ。

 数年前の冬にかつての同僚と川崎競輪場で呑んだ、夕暮れがとにかく美しくて忘れられないその日の最終レース後、客が金網の向こうの選手に向かって「晩飯どうしてくれるんだ!」と叫んでいたのもなんだか嘘っぽくて幻だったような気もしているが、そんな男たちがとぼとぼと15号を越えて川崎南町や砂子や堀之内やらに消えていく。衆愚という言葉があるが、愛おしい衆愚の町である。堀之内のメインストリートを車で往けば傘を差した黒いチョッキのお兄さんたちがフロントガラス越しに会釈してくる。我こそは衆愚のひとり、愛おしい衆愚の町を後にする。

at 19:28, 古書赤いドリル, -

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かわい, 2018/03/21 1:56 PM

通りすがりですが、名文ですね。
川崎南町物語、私も好きでした。
川崎というのは何とも言えない街ですね。










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